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西村信男名誉会員を偲んで

公益社団法人 京都府放射線技師会会長 轟 英彦
本会の元会長で名誉会員の西村信男先生が、平成251114日に永眠されました。昭和23年からお亡くなりになられるまでの65年間、京都府放射線技師会の会員として、また、役員として多大なる貢献をされてきました。ここに心からご冥福をお祈り申し上げます。
 
西村名誉会員は昭和23年〜29年に理事、昭和30年〜34年に副会長、昭和35年〜37年は会長、昭和39年〜44年まで監事と22年間役員として活躍されました。表彰関係は、昭和48年に京都府知事、昭和57年に厚生労働大臣、昭和58年に勲5等瑞宝章叙勲、平成3年に日本放射線技師会会長など数々の表彰を受賞されました。
昭和45年からは京都府放射線技師会の名誉会員になられ、また、日本放射線技術学会でも名誉会員であられました。技師教育の確立、技術学会の設立、京都エックス線技師会の設立や日本放射線技師会設立、また、国家資格の改正など、この長い技師の歴史の中の激動の時代を生きてこられ、我々の現在の診療放射線技師の基盤を作られてきました。そういう意味で、お亡くなりになるまでの功績は余りあるものがあります。
また、職業人としては、昭和15年京都府立医科大学附属病院に就職され、昭和42年に初代技師長になられました。医師の力(特に教授)が絶対の中、この30年間は苦労の連続であったと推測されます。その後、京都第一赤十字病院に10年間、京阪京都診療所に15年間ほど在籍され、現役を引退されたと聞いております。実に60年間あまりの現役生活で京都府民に限らず、国民に対しての健康維持促進診療のために存分に力を発揮され、後輩の教育にも貢献されました。私が就職してOBとしてお目にかかった時は「優しくて、後輩を思いやる人だな。おじいちゃんみたいな人だなあ」という印象が残っています。先輩方は西村名誉会員のことは「実に厳しく、OBとしても口のうるさい人であった」と申します。だからこそ、現在の技師会、技術学会や各職場があるのであろうと思います。
残された我々役員・会員一同は西村名誉会員を見習って、今後、京都府放射線技師会を益々発展させ、活力のあるものにしていきたいと思います。
本当に長い間お疲れ様でした。そしてありがとうございました。心からご冥福をお祈り申し上げます。
合掌
京都府放射線技師会 | 会長 | 00:37 | comments(0) | - | - |
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