<< 原子力防災訓練でのサーベイ活動員募集のお願い | top | 2015年11月21日(土) >>

公立豊岡病院ドクターヘリへの感謝

編集委員の中島です。私事で恐縮ですが、人生において、そう経験しないであろう事例に出会ったので、ご紹介します。
 
8月の初旬の夕方に小生の弟の嫁から電話があった。それによると、弟が丹後半島の先端の海水浴でテトラポットから落ち、頭部を打撲して緊急手術になるそうである。
急いで実家に戻り、家族で病院に向かうこととなったが、病院が「トヨオカ病院」であるとのことだ。丹後半島どころか京都府下にトヨオカ病院なる施設はいくらネットで検索しても、ない。頭部手術を行うくらいの施設なので、ネットで出ないわけがないが、兵庫県の豊岡病院しかヒットしない。丹後半島から豊岡病院までゆうに50kmは超える距離であるので、この豊岡病院であるとは思えない。
なかなかつながらない義理妹の携帯電話でもう一度確認しても、そのトヨオカ病院が兵庫県なのかよくわからない、とのことであった。義理妹は大阪出身なので近畿北部の地理はまったく知らないし、一緒にいた弟の友達に病院まで送ってもらったそうだ。
兵庫県の豊岡病院に電話しても、個人情報なので答えられないとのこと。まったくもって当たり前だが、こちらとしては困った話である。
 
仕方がないので、とりあえず兵庫県豊岡市の豊岡病院に家族で向かうことになった。豊岡病院は幾度とメディアで取り上げられている救急病院で、私でもよく知っている。よくドキュメンタリーが放送されている。その豊岡病院であるなら、昨今話題になっている救急患者のたらいまわしで行きついたのであろう、と予想した。何にせよ50km以上の距離を搬送されたのだから。
義理妹の話では、医者に「どうなるかわかりませんが、とりあえず緊急手術で左に大きくなっている血を取り除く」と言われたそうだ。左に大きな血腫ということは、硬膜外血腫か?それよりも、私は「どうなるかわかりません」という言葉が非常に気になっていた。つまり、医療現場で働く者として、最悪の状態も視野に入れたムンテラであることは想像できた。最悪、クモ膜下出血である覚悟もしておかないといけないが、医療従事者でない義理妹にはそれ以上の理解がなかった。とにかくパニック状態であることはわかったが、それ以上の情報が聞き出せなかった。
 
豊岡病院に到着して救急受付けで聞くと、手術室に案内された。つまりここで合っていたのだ。そこにいた義理妹によると、手術は終わり、会話できる状態であるそうだ。
頭部の術後で会話ができるのであれば、かなり状態はいいことになる。家族で安堵したところに、看護師から面会の許可が下りた。
弟に声をかけると、しんどそうだがちゃんと答える。転落したときの状況を聞くと、テトラポットに乗ったところまでは覚えているそうだ。つまり転落の数秒前までの記憶があるということである。私としてはこの時点で安堵した。頭部出血でここまで記憶がしっかりしていると、脳のダメージはほとんどないことになる!
その場にいた救急室担当の医師にムンテラを受けた。硬膜外血腫で頭頂左側に大きな血腫ができていた。開頭手術でその血腫を取り除いたわけである。
医師の説明では、四肢の麻痺もなく、少ししゃべりづらそうではあるが、今後の状態はリハビリ次第である、とのこと。
しかし、小生としては記憶がしっかりしている段階で心配はない、と判断した。
 頭頂左に大きな硬膜外血腫がある
面会は夜中であったので、その日は豊岡市に泊まることになった。落ち着きを取り戻した義理妹に詳しく話を聞くと、友人家族と共に丹後半島先端のキャンプ場が併設されている海水浴場に泊まりで遊びに行っていたそうである。弟と離れていたときに、海水浴場の管理人に呼ばれて行くと、弟が倒れていたそうで、救急車が到着したときに、「もうすぐドクターヘリが来ますので、それで搬送します」と言われたそうだ。
・・・ドクターヘリ???!!!
 
小生が豊岡病院を知っているのは、そのドクターヘリのドキュメンタリーを幾度となく観ていたからである。
そのドクターヘリで搬送された??!!
 
先ほども言ったように、たらい回しの結果、豊岡病院にたどり着いたと思っていたが、現代設備の中でももっとも最先端のドクターヘリで、一直線に、この三次救急の豊岡病院に搬送されたということだ。
頭部出血の場合、血腫除去の時間がその後の生活を左右するのは、診療放射線技師という職業であれば十分に理解している。また、ドクターヘリが日没後は運用されていないことも、ドキュメンタリーで知っている。
不幸中の幸いとは、まさにこの状況をいうのである。
転倒したときに近くにいた人が素早く救急要請してくれ、その時にドクターヘリが待機中であり、通報の時点でドクターヘリが出動してくれ、搬送された先が救急施設として一流の豊岡病院であったのだ。
 
 
この件があったので京都府放射線技師会編集委員会から豊岡病院の放射線科へ取材の申込みを行ったところ、西浦技師長は快く引き受けていただきました。
 
豊岡病院但馬救命救急センターは専従医師15名、専属看護師55名で、昨年度実績で18,159名の診療を行っています。そのうち救急車受入は3,566件、ドクターヘリ搬送は1,163名、ドクターカー搬送は713名で、救急部からの入院は年間3,219名です。病院の病床が500床(精神科、感染症を除くと431床)でこの救急患者対応数は国内有数ではないでしょうか。

今回取材させていただいた豊岡病院

公立豊岡病院は豊岡市を母体とした公立経営で、ドクターヘリ事業は関西広域連合が主体として運営しています。今回の小生の弟が丹後半島での受傷で搬送されたのは、関西広域連合(近畿24県と鳥取県、徳島県、三重県、福井県)の中の兵庫県北部、鳥取県全域、京都府北部を活動範囲としているからです。その対象人口は約70万人です。

ドクターヘリの出動は各地域の救急本部への救急要請があった時点で判断され、救急本部から但馬救命救急センターへドクターヘリ要請があれば即座に離陸し、患者の状態は往路の飛行中に救急隊からの無線で確認します。着陸地点は現場の救急隊員が行い、それに従ってヘリが着陸します。現場滞在を短縮する方針で、現状の申し送りを受けると直ちに離陸し、ルート確保やエコー検査も含めて患者への対応は搬送中のヘリの中で行われるそうです。パイロットによると、路面を走る救急車より飛行中のヘリの方が安定しているということでした。ヘリの中での隊員の配置転換はほぼ不可能で、患者の状態により役割分担された医師の配置が搭乗前に自然と決まるそうです。


ヘリの中で患者の状態を確認し、それに応じて病院では救急部の隣にあるX線撮影やCT検査が準備されています。必要な処置は(挿管も含めて)ヘリの中で行うので、ヘリからダイレクトにCT室に搬送という場合も珍しくないそうです。

豊岡病院にはドクターカーも配置されています。ドクターカーは現場に到着した救急隊の要請で出動し、病院と現場の中間で合流し、救急車に医師が乗り込みます。ドクターヘリほど行動範囲が広いわけではありませんが、ドクターヘリの不在時や活動不可時に換わり出動します(ドクターヘリは日没前に運行を停止し、また、当然のことながら天候にも活動が左右される)。医師の人員の問題もあり、午後
11時までの運用となっているが、その活動は年間700件を超えます。
ドクターカー 文字が反転しているのは、一般車両のバックミラーで救急車両だとわかるため

豊岡病院放射線科は一般撮影は3台で、12月よりFPD装置が導入されるそうです。CT16列と64列の2台、MR1.5T2台です。ポータブル装置は2台あり、すべてFPDで、撮影した現場で画像が確認できます。一般撮影室とCT室とアンギオ室は救急部と直結した配置で、救急室から即座に撮影が可能です。アンギオ装置は大口径、中口径のバイプレーン型、CT-Angio装置がそれぞれ1台ずつ、合計3室あります。
当直時間帯の放射線技師は1名で救急対応をこなし、土日祝日の日勤は2名、煩雑時や心臓カテーテルで呼出しを行っているそうです。
小生の弟がお世話になった64列CT

京都府民が但馬救命救急センターにお世話になったのは、小生の弟のように個別の救急要請で搬送された例も多数ありますが、近年で記憶に新しいものでは福知山花火事故があります。
当事故ではすでに福知山市民病院と近隣の病院(京都ルネス病院等)に患者のほとんどが搬送されており、京都第一赤十字病院、兵庫県災害医療センター、千里救命救急センター、姫路医療センターなどのDMAT隊やドクターカーが集結していました。但馬救命救急センターからも(夜間であり、ヘリの活動時間外なので)ドクターカーが来ていただき、数名の患者を受け入れていただきました。
京放技の理事でもある京丹後市立弥生病院の城下克明氏によると、丹後地方ではこのドクターヘリの飛行を見かけることはよくあり、多ければ月に10回ほど見かけることもあるそうです。各地域にある小中学校のグラウンドは着陸地点に適しており、小中学生はよく救急搬送・離着陸を目撃しているそうです。その他、駐車場、球技場にもよく着陸しているのを目撃されるそうです。また城下理事の同僚の父親もドクターヘリで搬送されたそうで、この地方ではたいへんお世話になっている存在です。
 
京都市内や大阪府の中心では大病院が密集しており、救急患者受け入れに事欠かないですが、日本海側では山間部なこともあり救急患者を受け入れてくれる施設が不足しています。事故等の外傷患者は都市部の方が多いでしょうが、近年では高齢社会になっており、突然の発作等の患者は田舎の方が多いかもしれません。そういった事例を考えると、ドクターヘリやドクターカーは今後、日本の社会にますます求められる存在になるでしょう。
 
小生の弟の処置にあたっていただいた小林センター長をはじめ、但馬救命救急センターの方々、そしてなにより、ドクターヘリ事業そのものに感謝申し上げます。
また、今回、突然の取材を快く引き受けていただいた、豊岡病院放射線科の西浦科長と病院を案内していただいた救急担当の江尻技師に感謝申し上げます。
 
開頭手術を行った小生の弟ですが、早く退院させろと散々ごねた結果、自宅安静ということで、2週間で退院しました。ところが、自宅安静のはずが翌日から仕事復帰しているほどですので、ご心配には及びません。
 
京都府放射線技師会 | 編集 | 00:00 | comments(0) | - | - |
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